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AI時代を生き抜くための「川上思考」【細谷 功】

30年後の「エリート」とは、どんな人物なのか。未来をリードする人材のあるべき姿を追究する「就プロ」オリジナル連載、今回はベストセラー「地頭力を鍛える」などの著者、細谷 功(ほそや・いさお)さんにお話を伺いました。前回は「知識」と「思考」という観点から、AI時代についてお話を伺いました。今回は「AI時代を生き抜く思考法」について、お話をいただきます。

「人間にしかできない仕事」に向かうべし

―正解のない世界で生きていくための思考法はどうあるべきでしょうか。

細谷:私は「川上思考を心がけろ」と申し上げています。

仕事では一般に、最初に問題が発見され、次にその答えが発見され、やがて「こういう問題が起きたときにはこうすればよい」と、問題と答えの関係が定型化されます。こうした流れから見ると、問題を見つける過程は「川上」であり、定型化された問題を処理することは「川下」にあたると言えます。

「川上思考」とは、定型化された解決策に頼るのではなく、まだ答えのない問題に挑んだり、さらにはまだ問題であると認識すらされていない問題を見つけ出すことをめざす、ということです。これは思考のフレームワークにあたります。

私は世の中で行われている仕事には、三つのレベルがあると考えています。それぞれのレベルを分けるのは、「問い」と「答え」がわかっているか、いないかです。

第一のレベルの仕事は、社会に出たばかりの若い人たちがやらされるような、定型的な仕事です。このレベルでは、何を達成すればいいのか、そのためにどうすればよいかという、「問い」と「答え」の両方がわかっています。

第二のレベルの仕事は、たとえば「売上を10%伸ばせ」とか「新しい顧客を開拓しろ」というように、やるべきことはわかっているが、どうやってそれを実現すればいいのかわかっていない仕事です。

このレベルでは、何を達成すればいいのかという「問い」はわかっているけれども、そのために何をすればいいのかという「答え」はわかっていません。

多くの社会人は、まだ経験が浅いうちは第一レベルの仕事をやらされ、それをこなすことによってある程度経験を積んでから、第二レベルの仕事を任されるようになっていきます。そして多くの人は、第二レベルの仕事しかやっていません。

第三のレベルの仕事は、何を達成すればいいのかという「問い」も、そのために何をするのかという「答え」もわかっていない仕事です。

このレベルでは、まず「何を達成すべきなのか」という対象を探すことから始めなくてはなりません。ビジネスの世界でも、これまで一部に人しか携わってこなかった種類の仕事です。

AIはこれまではもっぱら第一レベルの仕事に従事してきました。しかしディープラーニングというブレイクスルーを経て、今や第二レベルの仕事も人間以上に的確に処理できるようになってきました。

そうなると私たち人間は必然的に、第三レベルを中心に仕事をしなくてはならなくなります。状況に押されてやむを得ずそうするのではなく、自ら意図して第三レベルの仕事に向かっていくという発想が「川上思考」なのです。

自ら問題を見つけ出す力」を身につけよ

―川上思考で生きていけば、AIを恐れる必要はないわけですね。

細谷:その通りです。AIは問題から答えを導き出すレベルまで進化してきましたが、問題そのものを考えることまでは、今のところはできません。ですから第三レベルの仕事については圧倒的に人間が有利で、当分の間はAIに置き換わることはないでしょう。

従って、2020年からはじまる時代において自らをAIと差別化していくためには、問題を自分で考える力、「何が問題なのか」を自らの手で見つけ出す能力が重要になってきます。ただし、それは簡単なことではありません。

川でも河口近くの下流は幅も広く流れも安定していますが、上流は幅が狭く流れも不安定で、あちこちに岩や急流が出てきます。ときに危険でもあります。

同様に川上の仕事は、どこまでやるのかという境界も、一人ひとりが分担すべき役割も不明確です。「こうすればよい」という具体性にも欠け、実務というよりはコンセプチュアルで抽象的です。解くべき問題を見つけようとして、取り組む問題を間違ってしまうリスクもあります。

AIは具体的な指示やアルゴリズムによって規定される問題を解くのが得意です。逆に抽象度が高く選択肢が多く、既存の知識が通じず、いろいろなアプローチが考えられるような問題は不得手です。

与えられた問題の答えを見つけ出すためには、知識の幅や量が重要になってきますが、何が問題かを見つけ出すことは、知識があればできるというものではありません。「考える」という人間特有の行為を突き詰めていくと、必然的に「問題そのものを問う」という川上へ向かってゆくのです。

「受動思考」では生き残れない

―川上思考とは反対に「こんな考え方をしていては2050年まで生き残れない」という思考法はありますか。

細谷:たとえば「業界」という言葉がありますね。「○○業界」という言い方は30年前からあって、今も依然として使われていますが、もはや意味のない概念だと私自身は感じています。

業界という区分が明確であるということは、川にたとえるなら流れが決まっているということ。しかし今はどの企業がどんな仕事を始めるかわからない、混沌の時代です。たとえば今から就職活動をする人が「○○業界に行きたい」といった枠組みで考えるとしたら、発想自体が時代から遅れています。

多くの人は「わかりやすいこと」に飛びつきます。しかし、わかりやすいとは定型化が進んでいるということであり、そういう仕事ほど簡単に機械に置き換えられてしまうのです。これからの時代、わかりやすいものにばかり飛びついていたら、つかんだと思ったとたんに消えてしまうことの繰り返しになるでしょう。

安定志向の象徴だった公務員のような仕事も大きく変わっていくでしょう。公務員がやっているような仕事のうち、手続き的なものは、今後はどんどんAIに置き換わっていくでしょう。

そのような定型業務はRPA(Robotic Process Automation:ロボットによる業務自動化)やスマートコントラクト(契約をスムーズに進行させるためのコンピュータ・プロトコル)などを使って自動的な仕組みに変えてしまったほうが、国民にとっても便利だからです。

結局、最後に人間に残るのは、AIにはまだ難しい、わかりにくくて抽象度の高い仕事なのです。

川上思考と同時に、これからは「問題が与えられるのを待つ」ことではなく、「自ら問題を探しに行く」ことが求められます。

機械は人間からの命令を待って動きます。つまり常に受動的です。AIが進歩したといっても、それは当面は「与えられた問題を解く」という受動的な世界においての話。

自分とAIを差別化していくためには、自分から動き、能動的に行動しなくてはなりません。意識の持ち方を「受動」から「能動」へと変えていくのです。そもそも「考える」ということは、基本的に能動的な行為なのですから。